| 福沢諭吉と田中正造―近代日本の光と影(2)― |
安川 寿之輔(不戦兵士・市民の会、社会思想史) |
明治以降の日本の進路をめぐって、@「大砲弾薬は・・・無き道理を造るの器械」という認識を前提に、(富国強兵でなく)「専ら武備を盛にして国権を皇張する」強兵富国路線を確立し、「脱亜論」でアジア連帯でなく「正に西洋人が之に接するの風に従て処分」することを主張し、日清戦争の勝利を「洸として夢の如く・・・」と演説した福沢は、ひたすら武力至上の国権拡張の道を歩んだ。対する田中は、日露戦争後に「憲法9条」の先駆となる「海陸軍全廃・無戦」の主張を展開。 鉱毒問題は「日露問題より大問題・・・一人ノ人道は世界の総ての山岳よりも大問題」と、田中は、A福沢の国権拡張至上主義に対する「内事優先」を主張し、B文明論による侵略の合理化ではなく、文明のもたらす環境問題とのたたかいを主張。C帝国主義的進出を「亡国」の道と批判し、D福沢の「大国主義」には「小国主義」を対置した。「畢生の愉快、実以て望外の仕合」と能天気に人生を全面肯定した諭吉に対し、正造は「早く生るるも不幸、長命も不幸」と嘆いた。ぼくは、田中に日本の未来の「光」の可能性、福澤に近代日本の「影」を読みとりたい。 |
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